平野美宇最年少vの快挙は中国人コーチ、劉潔 、中澤鋭による功績が大!?






2017年4月の卓球アジア選手権で、世界ランク1位の丁寧選手ら中国選手に3連勝して優勝した平野美宇選手。
平野美宇選手は一時結果が上手く出せず悩んでいた時期もあるようですが、彼女を支え、変えていったのは二人の中国出身のコーチの存在がとても大きいようです。





卓球のサラブレッド

 

卓球のアジア選手権女子シングルスで大会最年少優勝を果たした平野美宇選手。

最強の中国選手に3連勝しての優勝は凄いですね!

しかし、今回の優勝は中国出身のコーチの指導がなければまず達成できなかったと言われています。

平野美宇選手の天賦の才能や環境、努力を持ってしても日本の力だけではまだ勝つことは難しいのですね。

 

平野美宇さんは、祖父、父、母まで卓球選手で、妹二人も卓球をしているという、生粋の卓球一家に育っています。

しかも、3歳5ヶ月からお母さんが営んでいる卓球教室で始めています。

この時点で既に相当有利です。

 

美宇さんは、お母さんと一緒にいる時間が増えるからという理由で続けられたようで、卓球が大好きだったというわけではないかもしれませんが、それにしても恵まれた環境と才能があったと言わざるを得ません。

 

7歳の時には、全日本卓球選手権大会バンビの部優勝するという、福原愛選手以来12年ぶりの快挙を成し遂げている平野美宇選手。

 

その後も活躍はめざましく2013年、中学1年生でJOCエリートアカデミーに入校します。

JOCエリートアカデミーとは、味の素トレーニングセンターの寮で生活しながら近くの高校に通い 練習と大会の毎日を送るという「メダリスト養成」システムです。

このJOCエリートアカデミーで、平野美宇選手を指導に当たることになるのが、劉潔(リュウ ジエ)さんという中国出身の美人コーチです(^-^)v

 

姉のような劉潔コーチ

 

劉潔さんは元々中国河北省チームで卓球選手だった方です。

平野美宇選手が活躍するたびに、「あの美女は誰だ?」と話題になるほど美人な方で、ファッションモデルをされていたこともあります。

なんとあの吹石一恵さんと同じ事務所だったのだとか!

 

年齢は2013年の時点で23歳と公表されているので、現在は26~7歳になるのではないかと思われます。

美宇さんとは10歳年上くらいのコーチだったということになりますね。

お姉さんのように思われたのではないでしょうか。

 

劉潔さんは、小さい頃から活躍していた美宇さんのことは既に知っていて、日本期待の選手だっただけに指導を任されることは非常にプレッシャーが大きく、何度も考えた末にコーチになることに決めたようです。

 

 

この頃日本に滞在して8年になっていた劉潔さんは、日本語は流暢でコミュニケーションには問題はありませんでした。

まず平野美宇さんのことをよく理解することから始めます。

好きな食べ物、憧れの卓球選手、ファッションに音楽・・・と、まだ中学1年の多感な年頃ですから付き合い方にも気を使わなくてはなりません。

ましてや外国の子なのですから決して簡単だったわけではないと思われます。

 

しかし劉潔さんは半年もたたないうちに、平野美宇さんの性格から技量まですべて把握してしまいます。



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劉潔さんの優しくも厳しい指導の元、順調に成長していった美宇さんですが、2012年の全日本卓球選手権の前にインフルエンザにかかってしまいます。

練習不足で臨んだ試合で、準優勝を収めるまでの見事な活躍だったのですが美宇さんは悔しくて泣きじゃくりました。

美宇さんの気性をよく知り、共に努力してきた劉潔さんは、決勝で敗れた時の彼女の気持ちは手に取るようによくわかったのでしょう。

美宇さんを抱きしめ一緒に泣きました。

 

美宇さんはこの時、

「私のためにコーチが泣く姿を初めて見た。普段厳しい劉潔コーチの自分に対する深い愛を感じた。」

「その時に、お互いの距離が近づいたような気がした。でも、怒っていないときの劉コーチは、母親のように優しい。」

と語っています。

 

2014年4月、平野美宇さんは伊藤美誠選手とのペアで、ドイツオープンダブルスに出場し見事優勝します。

この時に60万円の賞金を手にしますがインタビューでは、自分には何もいらない。コーチがドイツのブランドの箱が好きなので、それを送ってあげたい。残りはすべて母親に預けます。と答えています。

 

本当に素晴らしい師弟愛ですね。

お母さんも躾は厳しかったと言われていますが、美宇さんをとても大事に育ててこられたことがよくわかります。

 

第二の師、中澤鋭コーチ

 

2015年に平野美宇選手は、世界ランキングで17位だったのですが、石川佳純選手、福原愛選手、伊藤美誠選手に次いで日本人4番目であったため、惜しくもリオデジャネイロオリンピック女子団体戦代表から落選してしまいます。

 

世界の舞台で活躍している選手らを見て、自分があの場所にいられないということに、たまらない悔しさを覚えたそうです。

 

この特には、「卓球なんてもうどうでもいい」と、自暴自棄にすらなった平野選手ですが、それじゃやっぱりダメだと気持ちを大きく切り替えました。

 

この年の10月、劉潔コーチに代わり、石川佳純選手らを指導していた元中国卓球選手の中澤鋭(なかざわ るい)さんを新たなコーチとして迎えます。

JOCエリートアカデミーは外国人をコーチとしていて、他の競技でも日本だけでは学べない技術を多く学べるのですね。

 

中澤鋭さんがコーチとなったことで、平野美宇選手は全く違った角度から技術を学び直していくこととなります。

 

平野選手はラリーのスピードが速くなると手打ちになり、上下動をする癖があったのでフォアハンドの矯正に取り組み、重心を低くさせ体の軸を意識させて、打球時に体が伸び上がらないようにしました。

重心を低くすることにより、左右に振られた時に体が外に流れずに、踏ん張ることができます。

 

筋力トレーニングも積極的に取り入れました。

そして、プレースタイルは、以前は守備を主体としたものでしたが、中澤鋭コーチになってからは自分から攻撃を仕掛ける攻撃的な卓球に大きく変革したのです。

 

最初平野選手は従来のスタイルとは全く違うことで、戸惑いを感じました。

コーチが変わった直後の世界選手権選考会での結果は散々なものだったのです。

 

 

しかし1年後にはライバルの伊藤美誠選手に、「平野美宇は今までと別人」と、うならせる程の驚異的な成長を遂げていきます。

 

2016年度の全日本卓球選手権一般の部女子シングルスでは2年連続で決勝に進出し、3連覇中の石川佳純を下し、史上最年少v(16歳9か月)を飾りました。

 

そして今年2017年4月、卓球アジア選手権で平野美宇選手はついに中国選手に3連勝して優勝を果たす快挙を達成したのです。

 

中国の実力

 

平野美宇選手は才能も恵まれていますが、環境にも大変恵まれた選手だと言えるかと思われます。

卓球一家に生まれ、中学の頃は同性で姉のように頼れる劉潔コーチに学び、その後キャリアのある中澤コーチの指導を受けました。

 

挫折も多く味わい、悔しい思いをしたところからの努力も計り知れないのですが、やはり二人の中国人コーチの存在なくしてアジア選手権での優勝はなかったかと思います。

 

平野美宇選手の卓球人生は奇跡的なものなのではないでしょうか。

2017年4月16日、新華社は卓球アジア選手権の女子シングルスで優勝した日本の平野美宇選手について、「中国パワー」の支えがあったと伝えています。

 

これは全くその通りで、最強の中国から学んだ平野美宇選手ら、これからの選手達が日本の卓球界を支えていくことになるのでしょう。

 

中国に敬意を払いつつ、今後の若い世代の活躍に大いに期待です。
3年後の日本五輪もより楽しみになってきましたね♪

 

最後までご覧頂きありがとうございました☆





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