常岡浩介はテロリストではない!?経歴や妻子供…改宗の理由とは?


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フリージャーナリストの常岡浩介さんが、11月10日午後、東京都内で記者会見し、「12日間クルド地区で拘束されて心配されたと思う。申し訳ありませんでした。」と謝罪しました。
常岡浩介さんは、『イスラム国』(IS)の通訳を務めた功績で、勲章を受けたと報じられたことについては、事実無根と否定しています。画像出典:http://www16.tok2.com/





常岡浩介さん釈放

 

フリージャーナリストの常岡浩介(つねおか こうすけ)さんは、イラク軍やクルド人部隊が10月から進めてきた過激派組織IS(イスラム国)のイラク最大の拠点モスルの奪還作戦の取材で訪れていました。

 

常岡浩介さんが拘束されるきっかけとなったのは、イスラム国のロゴの入ったキーホルダーを持っていたためです。

常岡さんはトルコに入国するタイミングで、ロシア国籍ダゲスタン人の義勇兵と、同じバスに乗せられていたのですが、その義勇兵が別れ際に「あげるよ」と言ってくれたものがそのキーホルダーだったそうです。

 

常岡浩介さんは、モスル奪還作戦の取材の真っ最中、大統領の記者会見のセキュリティーチェックの場で、そのキーホルダーがポケットに入った状態のバッグをうっかり出してしまい、それが疑惑の原因となり拘束されます。

 

後にクルド系現地メディアから、そのキーホルダーが、『イスラム国』(IS)の通訳を務めた功績での勲章のように誤って報道されてしまったようです。

常岡浩介さんは、「まったく自分の間抜けさ以外の何ものでもありませんで、本当に反省しております。」

と述べています。

常岡浩介さんは、クルド自治政府当局から11月7日に解放されました。



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常岡浩介さんは、テロリスト?

 

常岡浩介さんは、2000年にイスラム教に改宗しています。

改宗した場所はモスクワで、イスラム教改宗後の名前は「シャミル」とおっしゃいます。

イスラム教に改宗した理由を常岡浩介さんは、

 

「イスラム教は敷居が低く聖俗一致であること。
つまり、聖職者と一般の信徒の区別がなくて聖職者も存在しないんです。
さらに、いくら悪いことをしでかしてもアッラーは見放すことがないこと。
つまり、破門されることがないってことです。
結局、どういうことかというと、こんな楽な宗教はないと・・・
そういうことなんです。」

 

と、過去にインタビューで答えています。

 

常岡浩介さんはイスラム教徒ではありますが、イスラム国のメンバーではなく支持者でもありません。

しかし以前、イスラム国と直接交渉が出来ると名乗り上げた人物であり、イスラム国に友人がいると自身で発言もしています。

2003年、インテルファクス通信が「日本国籍のチェチェン国際テロリスト」と報道しました。

これが、常岡浩介さんがどこかの国のテロリストではないかと疑われている理由の一つです。

2004年、イングーシ共和国にて取材中、ロシア秘密警察に身柄を拘束されます。

 

その後も拘束は何度もあり、2011年9月17日、パキスタンで取材活動を行っていた最中、首都イスラマバードからクエッタに向けて移動するために立ち寄ったベナジル・ブット国際空港にて、同行の中田考さんとともにパキスタン当局に拘束されています。

引用と参考:Wikipedia

 

仕事のためとはいえ、これほど何度も拘束されたり、行方不明になっていることから常岡浩介さんは、様々な疑惑を受けているのですね。

 

常岡 浩介さんプロフィール

 

名前:常岡 浩介(つねおか こうすけ)
生年月日:1969年7月1日
出身地:長崎県島原市
血液型:A型
学歴:早稲田大学人間科学部

 

常岡 浩介さん、意外なのですが大学生時代は少女漫画研究会に所属されていました。

早稲田大学人間科学部在学中にアルジェリア、リビアなどを旅し、日本に伝えられている状況と現地の状況のギャップを知り、ジャーナリストを志すようになります。

しかし、そもそもの目的はアフリカを陸路で横断できるか試すためにアルジェリアに行ったのだそうです。

1994年、長崎放送報道部記者となり、1998年に退社しフリージャーナリストになります。

 

主にイスラム世界で取材を続けてきましたが、 稼ぎが非常に少ないそうで、いつのまにか「日本一ビンボーなジャーナリスト」と呼ばれるようになったそうです。

 

奥さんやお子さんは?

 

常岡浩介さんは、現在は独身でお子さんもいないようですが、結婚と離婚のご経験はあるようです。

2005年頃、女優で小説家などもされている前川麻子さんと婚約していたと言われています。

常岡浩介さんは前川麻子さんに、

「待っていてくれる恋人もいない暮らしでは、戦場にいても生きて帰りたいという気持ちが削げていく…」

と語ったことがあると言われています。

 

フリージャーナリストとして常に戦場にありながら、恋人や妻に待っていてほしいと思うものなのでしょうか・・。

 

さいごに

常岡浩介さんは、イラクには日本のジャーナリストは自分ひとりだったと語っています。

「自分が取材をして日本に持ち帰らないといけない。現場に復帰したいと願っている」として、今後も取材を継続したいとの意向を示しています。

常岡浩介さんを突き動かし、戦場へ駆り立てるものは何なのでしょうか・・。

最後までお読み頂きありがとうございました。






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