加藤旭さん a Ray of Light 栄光学園高校生天才作曲家!小児がん、脳腫瘍と最後まで闘う


今年5月20日、16歳の高校生作曲家の加藤旭(かとう あさひ)さんが、脳腫瘍で亡くなりました。
プロの音楽家も驚く作曲の才能を持っていた加藤旭さん。その才能の片鱗は3歳のすでに表れていました。
今回はモーツァルトのように天才的だと言われた加藤旭さんの生涯をお伝えいたします。





『光のみずうみ』

 

脳腫瘍で5月20日に16歳で亡くなられた加藤旭(かとう あさひ)さんが闘病中に作曲した作品が6月5日、東京・銀座のヤマハホール(東京都中央区銀座7)で開かれたオーケストラ公演で演奏されました。

加藤旭さんのご家族が旭さんの遺影を持って会場入り。

美しい旋律に、約300人の聴衆は大きな拍手を送りました。

 

母の加藤希(のぞみ)さんは26日、音楽活動団体アーツスプレッドの公式サイトで、

「懸命に病と闘ってきた息子ですが、2016年5月20日、16歳(高2)で旅立ちました。」

『船旅』という自作ピアノ曲を聴きながら、『じゃあ行くね』と自分で旅立ちを決めたような表情でした」

と報告しました。

 

加藤旭さんは4歳で作曲を始め、10歳までに約480曲を作曲。

病床で作曲を続け、2作目のCD、『光のみずうみ』の完成を待って旅立ちました。

 



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加藤旭さんプロフィール

 

名前:加藤旭(かとう あさひ)
生年月日:1999年10月10日(享年16歳)
出身地:滋賀県彦根市。育ちは神奈川県足柄上郡大井町
学校:栄光学園高等学校

 

ご両親は音楽は専門外だったそうですが、インスタントコーヒーのおまけについていたクラシック名曲CDを幼い頃の加藤旭君に聞かせていたら、モーツァルトの「ホルン協奏曲第1番」やヴィヴァルディの「四季より『春』」の鼻歌を歌うようになったのだそうです。

音楽が好きなんだと気づかれたご両親は、3歳でピアノを習わせはじめます。

 

旭君は気に入った曲を何度も弾き、アレンジをすることもあったそうです。

紙に五線譜を引き、思い思いに音符を書き、4歳のころには加藤君は自ら書いた音符が曲として成り立っていたそうです。

更にヴァイオリンを習い始め、5歳の頃には自らが作った曲をピアノで弾く様になります。

 

旭君は、自分は今曲を作っているんだなどとは子供の頃は思っていなかったようです。

いつでも五線譜を持ち歩いて何となく思いついたのを音符として書くのが楽しかったのだそうです。

旭君にとって作曲は特別な事ではなく楽しい遊びのようだったのです。

 

6歳になるとオーケストラの譜面を書き始めます。

 

小学校に入学すると担任の先生が旭君の才能に気付き、皆で歌う合唱曲を作る様に依頼したそうです。

そして本格的な作曲を開始し、8歳の頃には作った曲が東京交響楽団のテーマ曲に選ばれました。

 

 ◆加藤旭さん作曲『くじらぐも』 一般社団法人アーツスプレッド公式

 

中学入学後、恩師となるピアニストで昭和音大准教授の三谷温(みたにおん)先生(55)に出会い、ピアノをより深く学ぶため、レッスンを受け始めます。

 

そんな天才作曲家・ピアニストとしてこれから羽ばたこうとしていた加藤旭君に待っていたのは小児がんと闘う日々でした。

 

三谷 温(みたに おん)さんプロフィール

桐朋学園大学卒業。園田高弘氏の下で研鑽を積む。’03文化庁より初代「文化交流使」に任命された。毎年ザルツブルクにおける『On Mitani Zyklus』に出演する他、アメリカ、ロシア、欧州各地のマスタークラス、及び演奏会、音楽祭に度々招かれている。モスクワ・カバレフスキー国際音楽コンクール他国内外のコンクール審査員を歴任。昭和音楽大学教授、演奏表現学会理事、(社)アーツスプレッド代表理事、アーツ室内オーケストラ音楽監督。

出典:http://mit-on.com

 

中学2年の時に脳腫瘍が発見される

 

アレルギーやぜんそくを発症するなど、小さい頃から身体が弱かった加藤旭さん。
2013年、中学2年生の秋に脳腫瘍が発見されます。

側頭葉から腫瘍を摘出する手術が決定され、主治医の先生から、

「手術後は、お母さんの顔を判断できなくなるかもしれない」

と、言われたそうで、その事を聞いた母親の希さんは気を失ったそうです。

 

旭さんは、

「脳腫瘍と言われてもその時は何の事か分からなかったんですけど、頭の痛みから結構な病気だろうとは思いました。
手術が必要だったり、もしかしたら家族が判別できなくなるかもというのを聞いて、本当に落胆しました。」

と、語った記録が残されています。

「もしかしたら家族が判別できなくなるかも」というのは失明の事を意味します。

 

11時間にも及ぶ手術は無事成功したものの、そこからは長い闘病生活が待っていました。

 

 

2回目の手術を行い、一時は快方に向かうかと思われましたが中学3年生の夏に再発します。

3回目の手術を行いますが完治せず、その後2015年2月から抗がん剤治療を開始、一人では立てなくなり、徐々に視力も衰えていきます。

 

旭さんは、5回もの手術を受けることになります。

 

2015年5月には視力を完全に失いました。

そして自力で動けなくなり、寝たきり状態となっていったのです。

 

母の希さんが声をかけてリハビリを続ける事により、ようやく少し動けるようになります。
旭さんは、リハビリの後は欠かさず鍵盤へと向かったと言われています。

闘病中でも大好きな音楽が旭さんを支えました。

 

加藤旭さんは長い入院生活中、頭痛やだるさを抱え、病院で一人過ごす時間はとても辛かったそうです。

ドアが開いて誰かが入って来てくれるのを「今か、今か」と待っていましたと、メッセージにも書かれています。

 

曲集をCD化

 

加藤旭さんは2015年5月、ピアノ曲27作品を収録したファーストアルバムCD、『光のこうしん』を発表し、大きな注目を集めました。

加藤旭さんが5~10歳のころに作曲した曲を集めたアルバムです。

CDはボランティア団体からの資金援助も得て作られました。

 

このCD化は加藤の妹の息吹さんの発案なのだそうです。

ご両親はわが子のために何が出来るかを考えた末、旭君が作った曲をCDにして世に出す事を決めました。
はじめはCD作りに乗り気ではなかった旭さんですが、闘病生活を綴った日記には、

「自分が作った曲を何かに役立てたいと思う様になりました。」

と書かれています。

 

脳腫瘍の辛い治療を行っているとき、このCD化がとても楽しみで仕方なかったそうです。

 

恩師の三谷温先生が録音のための演奏を引き受けられています。

CDは2015年5月に完成し、その曲を多くの人が耳にする様になりました。
曲を聴いた方々の感想は、

「とても小学生が作った曲とは思えない曲ですよね。
何と言うか心が洗われるというか、子供の素直な心が表現されていてすごく繊細で、作った子に会ってみたいと思いました。」

「心が揺さぶられました」

「素晴らしい音楽をありがとう」

「透き通った音色が心に染みわたりました」

 

との多く感動の声が寄せられました。

 

『船旅』を聞きながら旅立つ

 

不自由な目をお母さんにカバーしてもらいながら曲作りを続けた加藤旭さんですが、2016年5月20、16歳の若さで旅立ちました。

 

自作のピアノ曲『船旅』を聞きながら、旭さんは、

「じゅあ、行くね」

と旅立ちを自分で決めたかような、立派な表情だったとお母さんは語っています。

 

加藤旭さんは多くの名曲を残しましたが、中でも2015年10月、ピアノ曲、『A ray of light ~一筋の希望~』は、視力を失うとわかったことからつくられた曲だと言われています。

 

『A ray of light』について加藤旭さんは、

 

「最初の出だしのところは聴いて嫌だと思うんですよ。」

「でもそのあとだんだん明るく」

「そしてまた暗く」

「何度もそういうのを繰り返して最後はどんどん明るく・・!」

 

と、曲のイメージを語っています。

 

『A ray of light』は出だしが非常に重く、鍵盤を叩きつけるかような曲調から始まります。

視力を失う絶望感のようなものを感じます。

しかし、その後希望を見出すかのように明るく、

そしてまた落ち込むかのように暗く、

何度となく繰り返しながら最後には明るく変化を遂げていきます。

 

 

病気と闘いながらも、何度も絶望しながらも、最後まで明るく強くあり続けた加藤旭さんらしい見事な作品です。

 

加藤旭さんの作品には、より多くの人の励ましとなること、また、今闘病中の方々への祈りが込められています。

 

⇒ お母さんの希さんからのメッセージ 一般社団法人アーツスプレッド

引用と参考:http://mainichi.jp/ http://vita.yokohama/katou-asahi-wiki http://mikimaru575.blog.so-net.ne.jp/ http://extradmt.net/ http://mit-on.com/

 

追悼

少しでも多くの方に加藤旭さんを知ってもらえればと思い、書かせて頂きました。

加藤旭さんのお母さんは、主治医の先生から、2015年4月の時点で、息子の命について「長くて3カ月」と言われていたのです。

ところが告げられた期限のころから再び曲を作り始め、むしろ体調を上げ、1年以上長く生きました。

『A ray of light ~一筋の希望~』

 

加藤旭さんへのお悔やみを謹んで申し上げます。






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