古舘寛治の兄は古舘伊知・・?! 演技が下手で受難の日々?大学へは行かずニューヨーク ハリウッドへ!





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俳優の古舘寛治さんてなんだかエヴァンゲリオンの碇ゲンドウに似てませんか?!
自主制作映画とかでザンネンな碇ゲンドウを演じてそうに感じるのは私だけでしょうか^^;
そんな古舘寛治さんなんですが、ネット上では演技が下手とか、結構散々です。
叩き上げの俳優さんなんですけどね。
NOVAやモバゲーのCMから個性派俳優へ!今回は古舘寛治さんをリサーチです~☆ 画像出典:https://twitter.com/ http://d.hatena.ne.jp/





出世のきっかけはCMから

 

個性派俳優、古舘寛治さんが有名になったきっかけはCMからです。
NOVAうさぎのそのまま使える英会話 (Nova books)「We are NOVA友」や、

携帯サイト『モバゲー』のガンダムコレクション、

パチンコ、コンコルドのコンコルゲン(コンコルド人間の略)【静岡県ローカル】、

 

など、一風変わった作風のCMに出演。

誰もがなんとなくいつの間にか知っていた・・というカンジではないでしょうか。

 

古舘寛治さんもCM出演の手応えを実感しているようで、「街中で高校生から『NOVAのタケちゃんだ!』と言われることもありました」と、当時を振り返っています。

一般的には「モバゲー」のガンダムコレクションの印象も強いようで、東京国際映画祭のグリーンカーペット上で「本当はガンダムが好きなんですよね?」と聞かれるほどだったようですね。

 

古舘寛治さんといえば、どこかのヒマな人が注目されたいがために「古舘寛治はアナウンサー古舘伊知朗さんの弟である!!」と流した情報がツイッターでかなり拡散されちゃったようですね。

もちろん古舘 伊知郎さんとは兄弟ではありません。あしからず。

 

 



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古舘寛治さんプロフィール

 

名前:古舘 寛治(ふるたち かんじ)
生年月日:1968年
出身地:大阪府
身長:174㎝
血液型:AB型
職業:俳優
所属事務所:レトル

主な出演作品:救命病棟24時、妖怪人間べム、モバゲ―のCM各種など

 

古舘寛治さん、大学には行ってないようです。
俳優を目指して18歳で上京しています。

ところが元々は俳優志望というわけではなく、絵を描くのが好きだったので、漫画家やアニメーターになりたかったようですね。

しかし、高校時代に机に向かってコツコツやるような仕事は自分には向いていないとの直感があり、俳優をやりたいと思うようになったのだそうです。

 

エンターテイメントとか映像とかそっち方面の仕事に就きたいというざっくりとした気持ちはあったのでしょうね。

漫画家やアニメーターさんも似合うような気はしますね~

 

古舘寛治さんは子供のころから映画を観るのが好きだったそうです。

「自分が引き込まれた映画のすべてが、人のありようを描いている作品でした。ロバート・デ・ニーロ主演の『ディア・ハンター』は俳優を撮っていると思ったし、そんな人間たちの行動が僕には面白く思えて、俳優という職業に興味を持ちました」

と語っています。

 

古舘さん、ニューヨークへ!受難の日々??

 

上京して俳優を目指していた古舘寛治さんですが、しかしなんとニューヨークへ行くことを決意します。

この頃の心境を古舘さんは、「ゴミゴミした都会でこれからずっと生きていくのかと考えたときに急に面白くなくなって、別の場所に身を起きたい」と思い立ったと説明しています。

 

どうも古舘さん、心がフラフラしていますね。
私も上京してきた身ですので、気持ちはわかるような気はするのですが、こうして若い頃からの経緯を見ているとちょっとハラハラしてくるというか、危うさを感じます。

私も人のことはいえないのですが、若い頃って無鉄砲ですね・・^^;

 

古舘さんは語学も不十分な中でニューヨークのダンススクールに入ります。

なぜかダンススクールなんですね。

古舘さんは、入ってからあることに気づき、悩みます。

「僕は日本人の中でも手足が短いし、頭もでかい。カモシカの中で猪が踊っている状態。そんな猪がエレガントなダンスを踊れるわけがない」

う~ん、一般的な日本人の容姿ならそうなりますよね。

そして英語が堪能な風を装って俳優スクールへ転入します。(ここもまた度胸いいですね~)

 

古舘さんは、俳優スクールで【メソッド演技】を学びます。
メソッド演技とは、型(紋切)ではなく、 内面的な心を大切にするリアルな演技技法です。歌舞伎とかと逆ですね。

古舘さんの演技が下手に見られるのは、日本のドラマのようにオーバーな演技を避けているからかもしれません。

結構本格派というか、何か別の理想を持っているのかなと思います。(まだ結実はしていないかもですが。。)

 

古舘さんは、役者の修行をしながら、アルバイトもしています。

ロバート・デ・ニーロの経営する日本レストラン寿司バー『ノブ』でオープニングスタッフとして働いていたのだそうです。

それゆえ、多くのハリウッドスターを目撃したこともあるのだとか。

「アル・パチーノを生で見たときは興奮しましたし、ロビン・ウィリアムズなんかは映画の彼そのままで、テーブルは爆笑に包まれていた」

と語っています。

 

ですが、本人いわく、【ダメダメウェイター古舘】だったそうで、映画『レザボアドッグス』などで知られる俳優、ハーヴェイ・カイテルには、注文を聞くタイミングを見誤り、

「俺は今喋っているだろうが!」と怒鳴られたそうです((;゚Д゚)

古舘さんは「あの瞬間は肛門がキュッとなりましたね」と今でも青ざめるようです>_<

でも大物ハリウッド俳優にマジギレされるというのは貴重な経験ではありますね・・

 

そんなニューヨーク暮らしだった、古舘さんなのですが、帰国を考えるようになります。

ターニングポイントとなったのは、山口智子さん主演で1994年に放送されたトレンディードラマ『29歳のクリスマス』

「久しぶりに観た面白い日本のドラマで、日本でもこんなに面白いものが作れるのかと思ったし、外国に住む日本人にとって日本のドラマは郷愁を誘うもの。帰国しようかなと思い始めました」

と当時の心境を明かしています。

 

帰国後の古舘寛治さん

 

古舘寛治さんは、帰国後、フリーランスの俳優としてしばらく活躍し、劇団『青年団』に所属します。

その後、NOVAのCMに出演したことから徐々に顔が売れ始めました。

 

現在では、舞台、テレビドラマ、映画と幅広く活躍していますが、それでも古舘さん、演技が下手という声多いですね。

ツイッターではかなりの酷評を受けているようです。

演技が素人っぽいとか、わざとらしいとか、ただ下手などなど・・

実際、若い頃には演出家に「君は俳優に向いてない」と言われたこともあるようです。

それでも多くの役がついているということは、やはりどこかに存在感があり、需要があるのでしょうね。

 

 

 

ジャニーズみたいなイケメンでもなく、スカウトされたわけでもなく、やりたいから好きなことをやってきたというのは羨ましくもありますが、やっぱり大変そうですね。

しかし古舘さんは、「つい最近までアルバイト生活でしたけれど、自分は好きなことをやっているわけですから、苦労しているとは思いませんでした」と、笑って答えています。

 

今後については「可愛いお嫁さんをもらって、幸せになりたい」と笑わせる古舘さんですが、「ハリウッド俳優がやるように、自分自身で作品をプロデュースしたり、監督をしたり、能動的な俳優でありたい」と語っています。

 

やはり何か大きな理想を追っているのでしょうね。

 

最後に

ちなみに2011年10月放送の連続ドラマ『ゴーイング・マイ・ホーム』では山口智子さんと共演。
「2ショット写真も撮ってもらったし、Gパンにもサインを書いてもらって・・!!」と念願が叶った様子です(^-^)v
【脇役】に注目が集まる昨今のドラマ界ですので、個性派俳優、古舘寛治さんの存在感はこれからますます増していく事でしょう☆





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