琴勇輝ホウ!三役新関脇決定的!弟は医大医学部で『取り組み』深い絆^^


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琴勇輝が来場所の新関脇を決定的としました。
大相撲春場所13日目(25日、エディオンアリーナ大阪)琴勇輝は、小結宝富士を突き起こして懐に入り、ためらわず押し切り、連勝を9に伸ばして10勝目を挙げました。
琴勇輝「星はたまたま。一日一日を大切に、集中して臨めている」と充実した表情で語っています。
2013年11月には左膝を負傷し、今でもテーピングをしての出場ですが、琴勇輝は元々根性のある力士で、学校時代も弟さんと共に優秀だったようです。
今回は期待の日本人力士、琴勇輝に迫ります★





琴勇輝、新関脇確実!

琴勇輝が宝富士を押し出し、自己最高位の東前頭筆頭で自己新となる10勝目を挙げました。

琴勇輝は春場所13日目、立ち合いの右張り手から休まずに攻め、ハズ押しでためらわず宝富士を押し切りました。

「しっかり自分の相撲を取れた。毎日、持ち味を出し切って充実してます」と納得の表情の琴勇輝。

来場所の新関脇を確実とし、初の三賞獲得も有力となりましたが、

「そういうものは後からついてくる。意識しないで全力でやるだけ」と無欲であることを語りました。

兄弟子の大関、琴奨菊も弟弟子の快進撃に、

「自分の立ち合いで手をトーンと伸ばすと強いんだよ!(2日目の白鵬戦から)修正してやれた。ユウキは強いんだよ!」と語り自分のことのように喜んでいます。



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琴勇輝の生い立ちと成績

琴勇輝は琴奨菊と同じく日本人力士です。

出身は香川県小豆郡小豆島町で、現在は佐怒ヶ嶽部屋の力士として活躍しています。

本名は「榎本勇起」という名前で、四股名は本名の字を少し変えてあるようです。

日馬富士相手に勝利したのが初金星で、照ノ富士を破ったことで1横綱2大関に勝利しています。

このことに琴勇輝は、「自分でもわけがわからない」とコメントしています。
真の実力が現れてきた瞬間だったのかもしれませんね!

四股名:琴勇輝一厳(ことゆうき かずよし)
本名:榎本勇起(えのもと ゆうき)
愛称:ユウキ
生年月日:1991年4月2日(24歳)
出身:香川県小豆郡小豆島
身長:176cm
体重:176㎏
小学校:垂水小学校
中学校:内海中学校
高校:小豆島高等学校

所属部屋:佐渡ケ嶽部屋
得意技:突き・押し
初土俵:2008年3月場所
入幕:2013年1月場所
趣味:昼寝、銭湯巡り

 

 

琴勇輝こと、榎本勇起さんは、生まれは香川県丸亀市で垂水小学校4年生の時、善通寺の香川相撲クラブに入り相撲を始めたそうです。

しかし地元には、相撲で有名な中学校がなかったので、小豆島高等学校の相撲部の田中栄一郎監督を頼って小豆島町(当時は内海町)へ移住しました。

中学時代は学業優秀でもあり、3年生の時は生徒会長をし、人格者ぶりから不良生徒たちも勇起さんの前では大人しくしていたそうです。(そりゃそうです。強すぎます^^;)

 

高校では1年夏のときから四国四県対抗相撲選手権大会に少年の部個人戦で参戦、

香川勢では初となる優勝を果たしました。その後も様々な大会で優秀な成績を収めたことから、複数の部屋から勧誘を受けますが、最終的には佐渡ヶ嶽部屋に入門します。高校は中退しました。

 

2008年に入門。初土俵を踏んだ後はいたって順調に出世します。
序の口は1場所、序二段と三段目はそれぞれ2場所で通過します。
幕下昇進後は一度三段目に陥落したものの、その後は完全に幕下に定着。

 

2011年5月場所は東幕下30枚目の成績で6勝1敗の成績を上げます。通常ならば翌場所の番付は幕下10枚目~15枚目に置かれるところなのですが、

当時は八百長問題で大勢の力士が角界を去っていたこともあり、いきなり東幕下5枚目に昇進しました。

その場所も4勝3敗と勝ち越し、20歳で新十両昇進を決めます。

当時は小豆島出身の初の関取誕生という事で地元は大盛り上がりだったようです。

香川県出身の関取自体も、2004年に引退した元五剣山以来だったので、地元の方々はかなり喜ばれた事でしょうね。

 

その後は十両に定着、2012年11月場所は東十両3枚目で9勝6敗という好成績を上げ、2013年1月場所で新入幕を果たします。

新入幕の場所は6勝9敗と負け越してしまったものの、2013年5月場所は西十両3枚目の番付で13勝2敗の好成績を上げ、自身初となる十両優勝を果たします。

2012目年3月場所で自己最高位の西筆頭まで番付をあげ、幕内昇進を狙ったが6勝9敗で十両昇進後初の負け越しを喫します。

続く5月場所は序盤3連勝のスタートを切りましたが、6日目の宝富士戦で敗れて土俵下に転落した際に右膝を負傷して翌日より休場し、11日目から再出場したが5勝に終わりました。

 

再入幕となった2013年7月場所も8勝7敗と勝ち越して幕内定着か、と思われましたが、

2013年11月場所の徳勝龍との一戦で、かなり酷く左膝を負傷しました。

琴勇輝は立ち合いから突っ張って右を差して出たが、いなされると左を差されて土俵際に追い込まれる。踏ん張って残そうとしながら右喉輪で押し倒された。無理に踏ん張ったため左膝に徳勝龍の162キロの体重が全てかかる形となった。

土俵上で全く動けなくなった琴勇輝は車椅子で医務室に直行。「膝が曲がらない」と苦しげに話すのがやっとだった。

その後、救急車で福岡市内の病院へ搬送。同じ部屋で3人目の途中休場となれば、1946年11月場所の横綱・照国、小結・備州山、平幕・若瀬川の伊勢ケ浜部屋以来、何と67年ぶりになる。【引用:スポニチ Sponichi Annex】

 

琴勇輝は左膝蓋腱断裂と左膝前十字靱帯損傷と診断され、7日目から休場しました。

11月末に手術の後リハビリを行い、2014年年1月場所後に退院します。

2月9日の日本大相撲トーナメントでは土俵入りだけ参加する様子が伝えられました。

2014年3月場所は東十両12枚目まで地位を下げ、この場所は7日目から5連敗したことが響き千秋楽に負け越しを喫した。5月場所では調子を取り戻し、14日目まで十両の優勝争いの先頭に立っていた。

しかし千秋楽に敗れて11勝4敗となり、4人による優勝決定トーナメント1回戦でも5日目の本割で勝っていた逸ノ城に敗れてしまい、2度目の十両優勝はならなかった。その後、勝ち越しを続け11月場所で1年ぶりに幕内(東16枚目)に返り咲いた。【引用:Wikipedia】

 

2016年、西前頭4枚目で迎えた1月場所は初日から3連勝と好調なスタートを切りました。

9日目に横綱・日馬富士と初対戦し、破れてしまったものの、最終的には9勝6敗と好成績を残し、自身初となる三役昇進を大きく引き寄せました。

 

また、同場所では部屋の兄弟子である琴奨菊が初優勝を達成しており、パレードでは旗手を務めました。

 

琴勇輝の弟さんは医科大学生!

琴勇輝関のご家族は母子家庭だったようで、お母さんのさゆりさんは、小学生時代の琴勇輝をかなり厳しく育てられたそうです。

小学校時代から、相撲の大会はほとんど観戦し、弱気な相撲で負けると、人目をはばからず手を上げてしかり飛ばしたと言われています。

その厳しさは監督が見かねて止めに入るくらいだったようです。

厳しい相撲部屋の稽古に耐える精神力をつけるために、相撲に関しては大変スパルタだったようです。

 

また、琴勇輝には弟さんがいまして、埼玉医科大学の医学部に通っていることが知られています。

私立の大学なので学費が非常に高いですし、学部だけでも入れる方は大変な優秀さです。

 

琴勇輝は、2013年5月場所で初の各段優勝となる十両優勝を達成した時にもらった賞金を、

見に来ていた弟さんにポンとそのまま手渡したエピソードが有名です。

学費のためにあげたのですね。
素敵なご兄弟です。

違う道を歩むご兄弟ですが尊敬しあってがんばっていらっしゃるのですね。

琴勇輝彼女の噂は

琴勇輝の彼女については、いるともいないとも噂されていますが、2013年7月頃には結婚を前提にした彼女がいらっしゃったようです。

2013年にFacebookで彼と交際宣言をしている「タミコ」という女性に関する書き込みがされていたようです。

この時期の琴勇輝の状況と言えば、先の5月場所で十両優勝を飾り、2場所ぶりの再入幕を果たした所でした。

しかしプロポーズはしたものの、同年11月には結婚は延期になったと言われています。

この後はケガをしてもいますから、いろいろあったのかもしれませんね。

琴勇輝の「ホウッ!」

琴勇輝関といえば試合前の「ホウッ」という掛け声が有名ですが、

力士会VTR 会議の終了間際、白鵬が突然口火を切り、

「せき払い、やめろ! 犬じゃないんだから、吠えるな」と【物言い】をつけたそうです。

 

琴勇輝関は、白鵬の物言いにかなり悩んだようですが、気にしないことにしたそうです。

自分が6年も前からやってる【ルーチン】としている発声には、横綱の言葉より、重いものがある。
信念を捨てるぐらいならマゲを落としてもいい。
それぐらいの覚悟がありましたと琴勇輝は胸を張って言いました。

 

【ルーチン】とは、「決まった手順」「お決まりの所作」のことですが、

スポーツの選手の場合、集中力を高めたり、ゲンを担いだりする意味合いで行われる独自の儀式的な所作を指して【ルーチン】と呼ばれています。

スポーツには、様々な【ルーチン】でリズムを取り、気合を入れて試合に臨む方がいらっしゃいますね。
同時に観客を楽しませてくれますから私は良いと思うんですけどね^^;

琴奨菊の、のけ反りもそうですし、朝青龍も【ルーチン】で観客をわかせました。
イチロー選手しかり、フィギュア の宮原知子選手しかり・・

 

観客席のファンからは、「声を出したっていいんだぞっ!」

「そうだそうだ!」とエールも飛んでいます。

私もキャラがあって【ルーチン】やる人好きですね(^-^)v

 

まとめ
  • 琴勇輝は小学校4年生の時に相撲クラブに入り相撲を始めました。学業優秀でもあり、中学3年生の時は生徒会長をしていました。(これは強い生徒会長です!)
  • 2008年に佐渡ヶ嶽部屋に入門します。その後は順調に出世していきますが、2013年に左膝を負傷し、しばらく休場となりました。
  • 2016年、自己最高位の東前頭筆頭で自己新となる10勝目を挙げ来場所の新関脇を確実としました。
  • 琴勇輝のお母さんは相撲には大変厳しかったことが知られています。
    また、弟さんの学費のために十両優勝を達成した時にもらった賞金を、その場で手渡ししています(T_T)

琴勇輝関の「ホウッ」は大好きデス!ぜひこの先も強い日本人力士として活躍してほしいですね★

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