沢田一輝投手【釜石】義足の理由とは?父親の夢、甲子園初の登板なるか!?


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出典:http://news.goo.ne.jp/

第88回、春の選抜高校野球が2016年3月20日にいよいよ開幕しました。
『21世紀枠』で出場する【岩手釜石】左腕の沢田一輝投手が開幕前の16日、甲子園での練習に臨み、憧れの土を踏みました。
沢田一輝投手は義足のピッチャーで今大会で注目の選手です。
沢田選手は、障碍、東日本大震災と多くの困難を克服してきています。





義足の投手、初の甲子園登板なるか

岩手釜石高の沢田一輝選手(2年)は、右足の障碍を乗り越えた義足左腕の投手で、春の甲子園『21世紀枠』注目選手です。

初の義足投手甲子園登板となるかが注目されています。

障碍を乗り越え、義足をつけた投手が登板すれば甲子園初の事となります。

沢田投手は昨年11月までは内野手で登録をし、その後の冬頃から投手に転向しました。
先発完投とはいかないまでも、左投げのサイドスローで貴重な救援投手です。

 

釜石高は昨秋の岩手県大会で地区大会で敗れたものの、敗者復活戦から勝ち上がりました。
エースの岩間大投手がほぼ一人で連投につぐ連投。
決勝で力尽きたものの、準優勝します。

20年ぶりに出場した東北大会は、初戦敗退とはなりましたが強豪の東北相手に僅差のゲームで闘いました。

 

この春の甲子園で沢田投手が活躍すれば、障碍を持った方達にも大きな希望となるでしょう。

沢田投手は夢だった甲子園のグラウンドを踏みしめ、

「ここに立てたことがうれしい。野球を続けてきて良かった」
「客席が大きくて、他球場では経験できない」

と笑顔で熱い想いを語りました。



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沢田投手、義足の理由とは

沢田一輝さんは、先天性の障害が右足にあり、2歳の時に右足の膝から下に義足をつけたようです。

当時は医師に歩行も困難かもしれないと言われていましたが、それでもハンデに負けずに成長した沢田選手は、「野球をやりたい!」と家族に訴え、釜石小5年生から野球チームに入りました。

父親も練習についていけるかと最初は不安だったようですが、一輝さんの努力に、後には応援してくれるようになったそうです。

沢田一輝さんは、「障碍は言い訳にならない」と他の選手と一緒に練習をこなしてきたそうです。

 

◆沢田一輝投手プロフィール

名前:沢田一輝(さわだ かずき)
出身地:岩手県釜石市
出身中学:釜石市立釜石中学校
学年:3年生
身長:178cm
体重:55kg
ポジション:投手
投打:左投左打

沢田投手は、サイドスローからカーブやシンカー、カットボールなど多彩な変化球を繰り出し、打たせて取るタイプです。
釜石高の佐々木偉彦監督はワンポイントとして期待しているようです。

 

東日本大震災の影響

沢田一輝さんは小学6年生の時に東日本大震災を経験しています。
岩手県釜石市にも津波の影響がありました。

当時、沢田一輝さんは膝を再手術したばかりで思うように走れず、逃げられなかったようです。

一緒にいた同級生に一輝さんは、「先に行っていいよ」と告げましたが、友達は沢田さんを背負って高台まで逃げてくれました。

幼くして、「先に行っていいよ」と言える沢田さんも凄いですが、同級生の友達も凄いですね。

 

津波で街は一変し、自宅は全壊、5年近く経つ現在でも民間賃貸住宅を借り上げた仮設住宅で暮らしています。

この時の津波で、一輝さんの祖父が帰らぬ人となっています。

また、沢田さんは震災後に金銭面のことや生活の事などを考えて、中学では野球を辞めようと考えていたようですが、

母親の秀子さんに「やりたいことを続けなさい!」と励まされたことから野球を続けることを決めたようです。

友達や両親や先生、多くの人に支えられて、甲子園まで来られたのですね。

 

初戦21世紀枠校同士の対戦

2016年3月21日の第一試合は釜石(岩手)と小豆島(香川)という『21世紀枠校』同士の対戦でした。

21世紀枠同士の対戦は、第85回大会1回戦の遠軽(北海道)対いわき海星(福島)以来2度目となります。

試合では、好投手同士の投げ合いとなりましたが、接戦の末、釜石が競り勝ち2−1で小豆島を降しました。

 

三回に佐々木航の適時打で先制し、八回に奥村の適時二塁打で生還し、小豆島は九回に初めての連打などで1点を返しましたが、序盤の好機を生かすことができず、惜しくも敗れました。

釜石は68回大会以来2度目の出場で、春夏通じて甲子園初勝利をあげました。

21世紀枠とは?

『21世紀枠』とは高校野球全国大会である選抜高等学校野球大会の出場枠の一つです。

各都道府県秋季大会で8強、加盟校が多い地区は16強入りした学校を対象に、

困難の克服、マナーの模範、文武両道などを評価する出場枠です。

2001年の第73回大会から採り入れられました。

 

2012年まで21世紀枠に選出された高校は全て公立校でしたが、2013年の第85回記念大会で高知の土佐高等学校が私立校として初めて選出されました。

また、2003年から2008年までは、一般選考補欠校の中から失点の少ないチームを1校選出する「希望枠」という制度が設けられています。

親子の夢、甲子園

沢田一輝投手の父、祐一さんは釜石工出身で1988年夏の岩手県大会決勝で高田高校に敗れて、甲子園には出場できませんでした。

一輝さんは、「父の叶えられなかった夢を引き継いで出場できて嬉しい。大観衆の中で投げて活躍したい」と語っています。

また、震災によって今なお仮設住宅で暮らす人々にとっても、とても励みになることと思います。
ハンデに負けず、ぜひ夢の甲子園で活躍してほしいですね!

 

まとめ
  • 先天性の障害を乗り越えた義足の投手、沢田一輝投手が登板すれば甲子園初の事となります。
  • 沢田一輝さんは、先天性の障害が右足にあり、2歳の時に右足の膝から下に義足をつけましたが、「障碍は言い訳にならない」と他の選手と一緒に練習をこなしてきました。
  • 沢田一輝さんは小学6年生の時に東日本大震災を経験し、友達や両親、多くの人に支えられました。
    現在でも仮設住宅で暮らしています。
  • 第88回、春の選抜高校野球、2016年3月21日の第一試合は釜石が2−1で勝利しました。
  • 『21世紀枠』とは各都道府県秋季大会で8強、加盟校が多い地区は16強入りした学校を対象に、困難の克服、マナーの模範、文武両道などを評価する出場枠です。

義足のハンデを乗り越えた選手といえば、2003年の夏の甲子園で、今治西の曽我健太選手が三塁手として活躍しました。
大リーグでは片腕のアボット投手が有名です。

沢田一輝投手は義足という点で関心をもたれたくはないかもしれませんが、障碍者のみならず多くの人々に勇気と感動を与えてくれることとなると思います。

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